第2回 植物が主人公——循環と、未来への祈り
肥後さんの畑を初めて訪れた時、そこには農業というより、自然の循環そのものがありました。
土を必要以上に耕さない。農薬や化学肥料には頼らず、海と山が近い土地ならではの、魚の加工場から廃棄される貝殻や魚の内蔵や骨を砕き発酵堆肥をつくり、人や車が入らない環境の良い山の落ち葉を集め腐葉土にし、海と山の恵みから生まれた微生物を畑の土で培養し、時間をかけて土壌を育てていく。山で命を終えた動物も、植物の残渣も、廃棄するのではなく微生物の力で再び土へ還していく。ミミズたちが自然に土を耕しはじめるのを、急かさず静かに待つ。
効率だけを求めれば、もっと速い方法はいくらでもあります。けれど自然には、自然の時間がある。肥後さんの営みには、その時間への深い敬意がありました。そして何より印象的だったのは、
「植物が主人公なんです」という言葉でした。
人が植物を支配するのではなく、人もまた自然の循環の一部として関わっていく。その感覚に、私は深く共鳴しました。
くるひ自然植物園は、古から寺跡がのこり火防の神様を祀る御社がある山々に抱かれる場所にあります。使われなくなった耕作放棄地を活用して、安心で健康的な土づくりから、時間をかけ独自の循環自然農で始めていきました。そして今現在、無農薬・無化学肥料でさまざまな植物たちが育ちはじめています。
畑の一画には、20代のころ夢見ていた蒸留小屋も建ちました。
収穫したばかりの植物を、その土地で蒸留する。
鮮度と生命力をできる限り損なわず、その瞬間の息吹を精油や芳香蒸留水へ移し採る。
蒸留とは、ただ香りを抽出する作業ではなく、その土地の気候、土、雨、季節、人の営みなど、植物が受け取った風景を、香りとしてすくい上げ、植物の生命を美しく受け継ぐ行為なのだと思います。
だからこそ、その年、その季節にしか生まれない香りがあります。二度と同じものにはならない、自然からの贈り物です。
そして、私たちが目指しているのは、単なるプロダクトづくりではありません。
地元の子どもたちや学生たちが土に触れ、植物の息吹を五感で感じながら学べる場所。地域の人たちとともに育て、ともに循環していく場所。
忙しい日常のなかで疲れた心を持つ人が、土と戯れ、植物と語らい、鳥の声や風の音に耳を澄ませることで、静かに自分を取り戻していけるような場所。
物を作る責任があるからこそ、ここを、そんな再生と循環の学び場にも育てていきたいと思っています。
「くるひ」という名前には、"来る日""来る陽" というように、未来に明るい陽が射すことへの願いが込められています。
Kruhiを始めたことで、20代のころに抱いていた青い夢は、ようやく現実の営みとして土に根を張りはじめました。
環境にも、人にも、そして次の世代にも受け渡していける健康な大地を、循環を、そこから生まれてくる自然由来100%のプロダクトを、小さくても確かにつくっていきたい。
大隅半島の最南端に位置する南大隅町は、かつて薩摩藩主の島津家が、亜熱帯の気候を活かし南方系や西洋の植物を医学研究のために薬園を営んでいた土地でもあります。この地の記憶を呼び覚ますように、受け継ぐように、くるひ自然植物園の土は、今日も穏やかに生き生きと、たくさんのいのちと未来を育んでいます。
Text by Arata Iura

